青木豊彦(あおきとよひこ)

| 1945年 |
大阪府生まれ
高校卒業後、父が経営する青木鉄工所に入社 |
| 1979年 |
社名を青木鉄工株式会社と変更し、専務取締役に就任 |
| 1995年 |
社名を株式会社アオキと変更し、二代目社長に就任 |
| 1997年 |
米ボーイング社の認定工場となる |
| 2002年7月 |
東大阪宇宙関連開発研究会が設立 会長に就任 |
| 2002年12月 |
東大阪宇宙開発協同組合を設立 理事長に就任 |
| 2005年2月 |
東大阪宇宙開発協同組合 理事長を退任 |
| 2005年4月 |
東大阪市モノづくり親善大使を拝命 |
中小企業が約8000社集まるモノづくりの町、東大阪で「メイド・イン・東大阪」の人工衛星を打ち上げようと計画をスタートさせた中心者。2002年7月に設立された「東大阪宇宙関連開発研究会」(東大阪商工会議所)会長12月には、研究会メンバーのうち5社と共に「東大阪宇宙開発協同組合」を設立、理事長に就任、“まいど1号”の打上げをめざす。
小学校の時に目にしたロケット打上げのニュース映画や、大阪万博で見た「月の石」を通して出会った“航空宇宙”を我が町の活性化のテコとするもともとチャレンジ精神旺盛で、農業用機械の部品製造が主だった父の会社で新分野開拓に努め、ロボット部品や航空機部品への進出を果たした「モノづくりにはプライドを持たなければならない」との思いは、同社を世界的航空機メーカーであるボーイング社の認定工場に押し上げた航空宇宙産業を東大阪の地場産業にしたいというのが夢。
「若者がモノづくりに魅力を感じて集まってくる大阪を、世界の楽市・楽座にしたい」と期待するところ。